虐待サバイバー コマクサの憂鬱

虐待サバイバーの回復への道

平和主義者

今、この状態で書くことに抵抗もありますが、

四十年前の話です。

 

当時、私は絶対戦争反対の平和主義者でした。

第二次世界大戦について興味を持って

アンネの日記」も読んだし、

特攻や、原爆の悲劇に心をいため、

本土決戦を覚悟した日本政府の方針も

信じられない! と批判していました。

 

私が初めて映画館で観た映画は

アニメ「さらば 宇宙戦艦ヤマト」で、

その中にテレザート星という星が出てきます。

彗星帝国という、近隣の星を滅ぼし、

吸収しながら巨大になっていく凶悪な星の

侵略にあったとき、まったく抵抗せず、

その星の人々は滅びていくのです。

その頃の私には、テレザート星が理想でした。

(小学生女子の子どもの夢です。

今は違った意見を持っています)

 

私はその理想で、父ともぶつかっていました。

 

「姉ちゃん(弟がいるのでこう呼ばれてました)

特攻隊の人々がいたから、日本はアメリカから

恐れられ、天皇陛下を生き延びさせられたんだよ」

「原爆があったからソ連侵攻の直前に降伏して

朝鮮のように北と南に分断されずに済んだんだよ」

と父は私を諭すように言いました。

 

が、幼い私は納得できません。

 

「国と国の戦争は、喧嘩のようなものだ。

姉ちゃんも喧嘩はするだろう」

と言うので、

「私は喧嘩はしない」

と言いました。

何度も何度も、父とぶつかりました。

 

学校でも私は平和主義でした。

ある時、クラスメートの二人が喧嘩し、

そのうちの一人が泣いてしまった時、

仲裁に入っていた私に、クラスメートは

 

「コマクサちゃんがいたのに

どうして◯子ちゃんが泣いてしまうまで

止められなかったの」

 

と、避難されました。

私がその頃どれだけ平和主義を振りかざしていたか

それがよくわかるエピソードだと

苦い思いで思い返す出来事でした。

 

戦争への興味や平和主義は

私の進路をその後も導いていきますが

今はその話は置いておいて。

 

そんなことで、私は父とも衝突していたのでした。