虐待サバイバー コマクサの憂鬱

虐待サバイバーの回復への道

偽善者という烙印

私は小学高学年の時に

好きなフォークシンガーができました。

家族の影響ではない、自分だけのスター。

そういう対象を持つ時期だったのかもしれない。

 

一番仲の良かった友人は、

松山千春を好きだと言った。

二人でお小遣いを貯めて、

好きな歌手のシングルを買って

聞き合ったり、していた。

 

兄が好きだったのは、ビートルズだった。

兄の部屋からは毎日のように

ビートルズが流れてくるようになった。

 

 

私が好きだったのは、「なごり雪」で有名な

イルカさんというシンガーソングライターだった。

なかでも、

「いつか冷たい雨が」

という曲が好きだった。

 

雨が降る駅の片隅で震えている老犬、

もうすぐ汽車に乗る自分は、何もしてあげられない、と嘆く。

場面が変わって次は、広い道路の真ん中で

轢かれてしまった三毛猫に目を留める。

三毛猫の上を何台もの車が通り過ぎていく、

その光景に、思わず目をとじてしまった自分を

許して下さい、と、泣く。

 

私は、凄い歌だと思った。

共感した。

実際、道路で轢かれてペシャンコになった猫を

道路の真ん中から拾って(救って)

道路の片隅の草の上にのせたことがある。

助けられない、悲惨な現実はいつも目の前にあって

ただ、心を痛めることしか出来ない自分が歯痒かった。

その気持ちがそのまま歌われていた。

この歌を作った人と自分は一緒だ、と思った。

 

いつも口ずさんでいたので、

その歌が好きだと、母と兄に知られた。

 

嘲笑された。

 

偽善者だ、と言われた。

「コマクサの偽善者」

と、囃された。

 

「そんなメソメソしたこと言ってたって

コマクサだって、動物の肉を食べるじゃない」

と言われた。

 

でも、その歌はそこも歌ってた。

<私だって肉も魚も食べて育ってきた。

でも、人間だけが偉いんだなんてことは

思わないでほしい。

私が死んだら、その上に、花たちよ、咲いてほしい>
と、食物連鎖への祈りで、最後締めているのです。

 

そこまで歌ってる、

肉や魚を食べることも歌ってる、と

反論をしても、母と兄は囃すことをやめなかった。

人間の業の深さを、というような哲学を語るには

まだ私は幼過ぎて、兄と母の言い様に

悔しがって泣く事しか出来なかった。

 

 

偽善って、思われるんだ、と衝撃的に思った。

思えばクラスメイトを救おうとしていた交換日記をからかわれた時も

「偽善者」だと言われた。

他にも、戦争反対なんかも、この頃から言っていたから

全部ひっくるめて、偽善者だと攻撃されていた。

 

私は、偽善者なんだ。

じゃぁ、偽善じゃない優しさって、なんなんだろう?

優しさに嘘と本当があるとしたら、

本当の優しさって、一体どういうことなのだろう。

 

 

「偽善者」という言葉と共に、

私は、「いつか冷たい雨が」という歌を

封印した。

その封印は二十代半ばまで続いた。

やはり衝撃的な出来事でその封印は解けるのだけど

それまでは、その歌の話は誰にもしなかった。

そして、自分にも、

「私は偽善者である」

という烙印を押した。

 

このときから、私の優しさは嘘の優しさだから

「本当の優しさ」というモノを追い求めることになる。